ICTが自閉症療育に果たす役割

電子機器とICT

「ICTと自閉症療育」と聞くと、皆さんはタブレット端末による絵カードを使ったコミュニケーションを真っ先に思い浮かべることでしょう。私もサラリーマン時代の2011年に「絵カード・コミュケーション」というiPhoneアプリをリリースしていますので、タブレット端末を否定しているわけではありません。

しかし私は、2011年以前に違った形でのICTと自閉症療育との関わりや、ICTの役割を感じていました。一つは教材制作の分野で、一つは自閉症のお子さんの特性の分野です。

療育指導者がとても下手に感じた

私の三男を民間の自閉症療育サービスに月2回通わせるのを初めた頃です。三男が小学校2年生の年齢でした。私も自閉症療育の手法なんてほとんど知りませんでした。

自閉症の子供の認知能力を養う方法に、「マッチング」というのがあります。簡単に例を挙げると、「りんご」と「バナナ」の絵が描かれたカードを机の上に用意します。指導者は、もう一枚の「りんご」の絵が描かれたカードを子供に渡し”合わせて”と言います。子供が見事、渡された「りんご」の絵カードを机の上の「りんご」の絵カードの上に重ねることができれば、成功です。

専門的に言うと、応用行動分析(ABA)による療育手法の一つで、「個別取り出し学習」と呼ばれるもので、課題の内容は「マッチング」です。個別取り出し学習は、英語ではDTTと呼ばれますので、ABA療育に主軸を置いている方は、DTTといったほうがわかりやすいかもしれません。

単純に見えますが、2者択一を4者択一や10者択一と増やすこともできますし、形を合わせる・色を合わせる・数を合わせる・種類を合わせる・用途を合わせる、あるいは、音声と絵を合わせる・文字と絵を合わせる、などなど、認知能力を養う手法としてはとても重要で応用の広い手法です。

「個別取り出し学習」をしているとしましょう。1回目、不正解でした。2回目、正解しました。ほとんどの指導者は、それでお子さんがその課題を正解する能力があると思ってしまいます。私に言わせると、”2者択一なら確率50%で正解するのだから、1回や2回成功したぐらいでは、その能力があるとは判断できない”んですね。

お子さんだって、「バカ」ではありません。認知の能力が低いので、他の能力を最大限に使って指導者の求める正解に近づこうとします。

例えば、お子さんは、

  • とりあえず、右に置いてみる。
  • 前回の失敗とは逆の位置に置いてみる。
  • 指導者の目が向いている方向に置いてみる。
  • とりあえず右に置こうとして、指導者が微笑んだら、そのまま右に置き、微笑まなかったら左に置く。

という戦略に出てきます。

殆どの指導者は、それに騙されて、一回目が失敗でも二回目の正解で、課題を次に進めてしまいますね。

指導者が子供の能力を誤認して、課題を前に進めてしまうと、子供が出来ることと出来ないことの区別はもう出来ません。課題を前に戻しても失敗が続きます。

そして殆どの指導者は、「今日はお子さんが疲れている」という理由にして、その課題を終わりにします。

よく考えれば、単純ですよ。”2者択一なら確率50%で正解し、確率50%で失敗します。」

 

情報技術者は失敗しないことを確認します。

私はかつては、半導体の自動設計の研究者でした。半導体には故障が付き物です。半導体は100個製造しても、100個全てを出荷することはできません。100個のうち何個かは製造した時から故障しているのです。電球なら故障がすぐに発見できますよね。不良品の電球は明るくなりませんから。半導体の場合、どうやったら故障がわかるのでしょうか? 足し算とかけ算は正常に動作するけど、3で割った時だけ答えが違う。100個の記憶領域のうち、87番目の記憶領域だけ記憶できない。などなど。半導体の故障検出だけで、学術論文が五万とある世界です。

早い話、「もし故障していたら、こんな動きをする」というパターンを検査します。1回の検査では済まないので、なるべく少ない回数で、動作の失敗をさせてみるわけです。見事、一度も失敗しなければ、かなり高い確率で正常品と見なし、出荷に回すわけですね。

「成功すれば満足する」のと「失敗しなければ満足する」とでは、雲泥の差があるのです。

自閉症のお子さんの特性と半導体は似ている

自閉症のお子さんの困り後といえば、「行動問題」ですね。今回はごく簡単に書きますが、「お子さんには、このように行動してほしい」と願ってることに対して、何かうまくいかない。時と場所によって、できたり出来なかったりします。

半導体も似ています。電球なら、光るか光らないかと単純ですが、トランジスタが1000個、100万個で構成されている半導体は、一つのトランジスタが故障していてもすぐにはわかりません。何か動作がおかしい、正常に動いている時もあれば、時々動作がおかしく、再現性を見出すのも時間がかかる。

半導体の検査に比べると個別取り出し学習はとても簡単

お子さんがどのように間違えるか? もっとストレートに言うと、お子さんがどんなズルイ戦略をとる可能性があるか? を知っていると指導能力は100倍強力になります。情報技術の世界では、「故障モデル」と言われます。

半導体の検査では、「故障モデル」を利用して、限られた回数での、不良品検出率を上げています。

半導体の検査に比べると、自閉症のお子さんに対する個別取り出し学習の課題設定は、とても簡単ですよ。

  • 右に置くパターンと左に置くパターンの両方を試す。
  • 一度でも失敗したら、その課題遂行の力は無いとみなす。
  • 指導者は不正解の方向を見ながら、子供に試してみる。
  • 指導者は表情を変えないで、子供に試してみる。

初めにも書きましたが、二者択一の試行一回では、確率50%で成功してしまいますので、複数回の試行を試します。二回目に何を試すべきか、三回目に何を試すべきか、は「故障モデル」を熟知している人なら、すぐに提示できます。

ところが、自閉症の療育者に個別取り出し学習での「二回目のパターン」「三回目のパターン」に計画的な提示を求めるのは酷なようです。指導書でも「ランダムに」と書くのが精一杯のようです。

情報技術は技術力のない人にも恩恵を与える

私が三男に対して、マッチングの学習を行うときは、実は最初の試行を始める前に、五回分の試行のパターンが頭の中に計画されています。五回全て成功すれば、課題の難易度を上げます。五回のうちどこかで一度でも失敗すれば、残りは実施しません。課題の難易度を下げて、新しい五回分を開始します。

試行パターンの計画と、試行の実施は完全に分離されているのです。もう、お分かりだと思いますが、試行パターンの計画には「故障モデル」という情報技術が必要なんですけど、試行の実施はそれが必要ありません。計画された通りに、お子さんに課題を与えていくだけです。

すなわち、一度情報技術を使って、個別取り出し学習の計画を作り、ドリルのような形にしてしまえば、誰でも指導者になれるということです。

自閉症療育の分野で、ICTや情報技術が適用できる場所は、これだけに限りません。まだまだ、たくさんありますよ。

 

お子様の成長と
ご家族のゆとりのために!

古林 紀哉

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